へなちょこセリオものがたり

その51「歯磨きのススメ」








 しゃかしゃかしゃかしゃか……。

 晩飯の後。
 洗面所で、3人並んで歯磨きタイム。

 がらがらがら……ぺぺっ。

「ふぅ」

 からからから……ぺっ。

「終わったですー」

 がらがらがら……ごくん。

「…………」

 ……あれ?

「せ、セリオ……もしかして、飲んだ?」

「ええ、そうですが……何かいけませんでしたか?」

 いや、悪いこともないんだけどさ。

「飲んでも身体に害はないはずですが」

「そ、そりゃそうなんだけどさ……」

 ううむ、俺の方が気にしすぎなのだろうか。

「冗談です。水が貴重な状況ならともかく、今のところ豊富ですしね」

 んぺっ。

 セリオは真っ白な小玉を吐き出して、俺の目の前にちらつかせる。

「あら……先程食べたものが、歯磨き粉でコーティングされてしまいました」

「…………」

 おのれ、またからかいやがって。

「それより浩之さん」

「ん?」

「今の磨き方では、隅々の歯垢までは取れていないかと」

 ……むぅ。
 だって、めんどいんだもん。

「よろしければ、私が磨いて差し上げますけど……」

「……頼むぜ」

 歯医者なんかで磨いてもらうと、妙にすっきりした気になるしな。
 自分では見えないだけに、余計にな。






 しゃこしゃこしゃこ……。

「痛くはないですか?」

 俺を気づかっているのか、優しく丁寧にブラシを動かすセリオ。
 ううむ、自分では乱暴にやってるから……こういうのも妙な気分だぜ。

「あー……はかはかひもひいいは、ほへ」

 何言ってるか、わかりゃしねぇ。
 でも……セリオには十分伝わったようで。

 にこっ。

「もうすぐ終わりますからね」

「あー」






 がらがらがら……ぺっ。

「……いかがでした?」

「人に磨いてもらうのって、気持ちいいのな……癖になりそうだぜ」

「癖にしても……よろしいですよ?」

 何だか楽しそうで、嬉しそうで。
 コレを断る手はないぜ。

「……さんきゅ、これからも頼むぜ」

 だきっ。

「……はい(ぽっ)」






 ……2・3日後。
 朝晩の食後は、必ずセリオが俺の歯を磨いてくれるようになっていた。

 おかげで気分もすっきり。
 膝枕でやってくれるから、気持ちよさ倍率ドンだぜ。

 でも、今日はちょっと機嫌が悪いようで。
 ちょっとからかって、手の甲でなでなでしてみたのが悪かったようだ。
 晩飯食ってる間中、一言も喋らなかったでやんの。
 ……歯磨き直前に謝っても、遅いかなぁ……。






 で。
 いつもの通り、セリオが歯ブラシ持って座ってスタンバイしてて。

「……どうぞ、浩之さん」

 ……怒っているのかどうかよくわからない、静かな声で。
 ちょっと恐かったけど、でも折角セリオが折れてくれてるんだし。

「お、おう」






 しゃこしゃこしゃこ……。

 うーん、気持ちいいぜ。
 何をされるかと思ってたけど、セリオは許してくれたみたいだ。

 俺も、これが終わったらちゃんと謝ろう。
 ごめんなって……ちゃんと、なでなでしてやろう。

 へへっ……セリオの優しさが身に染みるぜ……。

 ごり。

「おぐっ!?」

 ごりごりごりごり。

「はがががががぐごごっ!?」

 がばっ……だだだだだっ!

 俺は、慌ててセリオの膝から跳ね起きて洗面所へ駆け込み、口の中を濯いで。
 あ、吐き出した水が赤い……歯茎が傷だらけになっちまったみたいだ……。

 だだだだだっ!

「なっ……何しやがる、セリオっ!?」

「何、とは……私は歯磨きをして差し上げていただけですが?」

 にっこり。

「だ、だってよぅ……」

「ところで、まだ途中ですけど?」

「い、いや……やっぱりこれからは自分でやることにする……ありがとな」

「あ……」

 む、むぅ……やっぱり事前に謝っておくべきだったか、失敗。
 まさかこんな痛い目にあうとは、セリオを甘く見ていたぜ。

「んじゃ」

 そそくさっ。

 自慢の逃げ足を披露しながら、また洗面所へ逃げ込む俺。
 その背中をセリオの残念そうな……悲しそうな視線が追っていたなどとは、
夢にも思わない俺なのであった。






<……続きます>
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