へなちょこセリオものがたり

その68「げーじつのすすめ」








 かたかた……かたん。

「お? セリオ、何を始めるんだ?」

 俺は、居間で雑誌を読んでいた。
 テーブルの上の蜜柑に手を伸ばした時、セリオが何やら木で出来た枠みたい
なものを俺の目の前に置き。
 ちょっと小さ目のキャンバスをそれにセットすると、物入れから鉛筆を取り
出して。

「たまには、デッサンでもしてみようかと……」

「ほほう、それはいいことだ」

 こいつの趣味は、俺かマルチをいぢめることだと思っていたが。
 色んなことに挑戦して、自分に合うものを見つけようとしているのだろうか?

「というわけですので、ご協力いただけますか?」

「おう、俺でよければ」

「では、しばらくの間じっとしていてくださいネ」

 鉛筆を目の前にかざし、俺を見据えるセリオ。

 へへへ……俺がモデルかぁ。
 いつもとは違った恥ずかしさがあるな、こりゃ。






 1時間経過。

 しゃっ、しゃっ、しゃしゃっ。

「……なぁ、まだか?」

「……半分くらいデス」

 まだ半分かよ……。
 まぁ初めてなんだろうし、絵を描くのは時間もかかるもんなのだろうが。

「何か疲れて来たぜ」

「そ、そんな……まさか途中で止めると言われるのですか?」

「え? いや、別にそういうわけじゃ……」

 からん……。

 セリオは、持っていたデッサン用の鉛筆を取り落とし。

「ううっ……わかりました、ご無理を言っていたのは私の方なのですから……
浩之さんを無駄に疲れさせるわけには参りません」

 うるうるっ……。

 ちょびっと涙を目に溜めて、落とした鉛筆を拾うセリオ。

 ああっ、俺って奴は……セリオがやる気になってるってのに、水を差すよう
な真似をしちまって……。

 よしっ!
 セリオの為に、とことん付き合うぜっ!

「無駄ってことはないだろ。セリオが描き終わるまで、ちゃんとこうしている
からさ……悪かったな、邪魔して」

「あ……浩之さん……」

 セリオは、ぐしぐしっと涙を拭い。
 拭う手をどけたその下には、いつもの嬉しそうな笑顔があった。

「私、頑張りますっ!」

「おう、楽しみにしてるぜ」






 それから、30分程して。

「……出来ました」

 ほぅ、と鉛筆を溜め息と共に置くセリオ。

「おっ、やったなぁ」

 ちょっとだけわくわくしながら、じっとしていた為に疲れた身体でセリオの
傍に向かう俺。
 これで妙に抽象的に描かれていたりしたら、それはそれでツッコミどころで
あるのだが。

「どれどれ……」

 ひょい。

「……この部分の陰影が苦労しましたネ」

「…………」

 セリオは、俺からテーブルを挟んだ位置に陣取っていた。
 俺は視線をテーブルの上に移し、無言のままその上を確認する。

 テーブルの上には、編み皿に載せられた蜜柑が3つ。
 セリオが描いたキャンバスにも、蜜柑が3つ。

「……俺じゃなかったんかいっ!?」

「あら……一言もそんなコトは言ってませんが」

 ……『ご協力』だの、パース取りだの、いかにも俺を描くような素振りして
たじゃないかよう……。
 つーか、画面の端に俺の足先がちょっと描かれているだけだし。
 1時間半も俺がじっとしている必要は、全然なかったわけで……。

 畜生、またやられた。

「……よく描けてるな」

 うん、絵だけを見るとなかなかのもんだと思える。

「ありがとうございマス」

 だが。

「…………」

 ふらり。

「あら、どちらへ?」

「もう、いい……」

 ふらふらと、居間を後にする俺。
 妙な姿勢のままで凝り固まった身体、マルチにマッサージでもしてもらおう
……。






<……続きます>
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