へなちょこセリオものがたり

その78「いつも傍にいて」








「…………」

 こそこそっ。

「お? お帰り、セリオ」

「あ……ただ今帰りました」

 ……あれ?
 おかしいな、いつもは俺より早く家に戻ってるのに……それよか、何でこう
こそこそしてるんだ?

「……何か、隠してる?」

「さ、さぁ……何のことやら」

 バレバレだっちゅーの。

「……ま、教えたくないなら別にいいけど」

 悪戯でさえなけりゃ、隠し事も結構なんだけどな。

「……すみません」

 こそこそこそ……。

「おいおい……」

 もう見つかってるんだから、こそこそする必要はないと思うぞ……。






「ご馳走様でしたっ!」

「はい、お粗末様でした」

「セリオさん! 今日のおかずの作り方、後で教えてくださいねっ♪」

「ええ、喜んで」

 かちゃかちゃ、かちゃっ……。

 夕食の後片付けを始めたセリオ。
 その姿を眺めていると、何故かいつもより急いでいるように思える。

「…………」

「……あの、何か?」

「いや……見とれてただけ」

「あら(ぽっ)」

 ……さっきの隠してたモノに関係していると見た。
 だからといって、どうということもないんだけど。






 いつもの半分の時間で、さくっと洗い物を済ませたセリオ。
 居間を出て行こうとした彼女に、俺は声をかけてみたのだが。

「なぁ、セリオも一緒にどうだ?」

 抱きかかえたマルチの髪に顔をすりすりしながら、何とも情けない格好で。
 それが悪かったとは思えないが、セリオは首を横に振る。

「すみません……ちょっと用事がありまして」

「……そっか」

 たたたたた……。

「…………」

「ふみゅ? 浩之さん、何だか寂しそうですよ?」

 ……なでなでなで。

「そんなことないぞ。マルチが傍にいてくれるしぃ〜」

 なでなでなでっ。

「みゅ――んっ、嬉しいこと言ってくれますですぅ♪」

 すりすりすりっ。

 そうだよ、たまにはそんな気分の日もあるだろうさ。
 だから……そんなこと、ないぞ。

 ……なでなで。






 かっぽーん……。

「あの、浩之さん」

「ん?」

「セリオさん、どうしちゃったんでしょうか……」

「……わからん」

 マルチもマルチなりに、セリオの様子が変なことに気付いているらしい。

「ま、大丈夫だろ」

「そうですかぁ」 

 きっと、な。

「今は人の心配より、自分の心配をしたらどうだ?」

「ほえ? それは一体どういう意味を含んで……やぁぁぁぁん」

「……なっ?」

「は、はぁい……♪」






 ……結局セリオは、風呂場へは乱入して来なかった。
 いつもなら問答無用で飛び込んで来るくせに……どうしたんだろ。

「つーわけでマルチ、しっかり髪を拭いとけよ」

「あらら? 浩之さん、今日は拭いてくれないんですかぁ?」

「ちょっと、セリオの様子を見てくるぜ」

「あ、はぁい」

 ちょっと残念そうな顔をしたけれど、1人でわしゃわしゃと頭を拭き始めた
マルチ。
 ああ、もう……俺のささやかな楽しみが。

 くそっ、セリオの奴め……人に心配させやがって。
 いつも俺の傍にいてくれないと、どうにも寂しいじゃないか。

 わかってんのか? ったく……。






 こんこん。

「おーい、セリオぉ」

 ばたばたばたっ……。

「は、はい? 何でしょうか」

 がちゃっ。

 中で慌てて何かを片付けてるような音が聞こえ。
 すぐにセリオがドアを開けて、顔だけ出した。

「…………」

「あ、あの……何か?」

「…………」

「何の用事もないのでしたら、私はこれで……」

 ……そりゃ、用事という程のことでもないけど。
 セリオにも、やりたいことがあるんだろうけど。

 でも、俺はわがままだから。

「……寂しい」

「はい?」

「セリオがずーっと隠れて何かやってて、傍にいてくれないから寂しい」

「は、はぁ……」

 困ってる。
 そりゃ困るだろうけど……何だかちょっとショックだな。

「それだけ。んじゃ、俺達はもう寝るから」

「あ……あのっ……」

 ん?

「出来れば、明日まで秘密にしておきたかったんですけど……」

 いや、別に秘密を聞きに来たわけじゃないんだけどさ。
 って……明日? 明日って、何かあったっけ?

「浩之さんに寂しい思いをさせるのは、私としても不本意でして……それに、
私もかなり寂しかったですし」

 すすす……ぴとっ。

「あの、今からでも遅くありませんか?」

「……マルチぃ、もう1回風呂に入るぞ」

 俺は自分の足元……何も見えない空間に声をかける。
 すると、びくっと身体を震わせたマルチが姿を現した。

 ぶぅん……。

「……どうしてわかったんですかぁ?」

「だってお前、さっき急にシャンプーの香りがしたからな」

 俺と同じシャンプー使ってるのに、何でかマルチやセリオの方がいい香りが
するように思う……何かさ、周りの空気自体が『いい香り』なんだよな。
 その辺の違いって、やっぱり『女の子』なんだよなぁ……。

 ……いや、別に自分がいい香りになりたいとか思ってるわけじゃないけどさ。
 男はごく普通でいいんだよ、変に臭くなけりゃ(爆)。

「なるほど……かんぺちなはずのステルス迷彩も、浩之さんに私の香りを嗅ぎ
付けられて発見されてしまったです……と」

 かきかきっ。

「何をメモってやがる」

「あ、主任さんに使用感をご報告するんですぅ」

 またつまんないモノ作りやがって……。
 っていうか、そんな恥ずかしげな報告は許さん。

「まぁ、それはそれとして……マルチはどうする?」

「勿論、ご一緒するんですぅ☆」

「そうか……んじゃ行くか、セリオ?」

「……はい♪」






 かっぽーん……。

「マルチさん、明日は何の日か……ご存知ですか?」

「えへへ……勿論知ってますよぉ」

「何だよぉ、教えてくれよぉ……教えてくれないと、こうだっ!」

 さわさわさわっ!

「やんっ、えっちですぅ」

「あっ……今日は控えめなんですネ」

 ……むぅ、あんまし効果がない……ならば本気で行っちゃうぞっ!

「あのですね……」

 うを。
 やる気になったのに、出鼻をくじかれた気分だ。

「セリオさん、言っちゃうんですかぁ?」

「言わないと寂しがる方がいますから……ふふっ」

 何か妙な笑顔で俺を見るセリオ。
 馬鹿にした風でもなく……優しいというか、何というか。

「何だよ、そりゃ俺のことかぁ?」

「……『セリオがずーっと隠れて何かやってて、傍にい』」

「だぁっ! わかった、俺が悪かったっ!」

 くそう、あんなこっ恥ずかしいことを……何考えてたんだ、俺。

「うふふ、嬉しかったです……ずーっと忘れませんよ?」

「忘れてくれ、速やかに」

「私も聞いてたですよぅ♪」

 うがぁっ! 
 そういや別に気にする必要はないんだよ、何せもっと恥ずかしいコトだって
平気で言ったこともあるしな、はははっ!

「俺はもう忘れた……」

 ぶくぶくぶく……。

 ちょっと照れ隠し。
 湯船に鼻まで潜る俺。

「……そう、あれは昨夜のこと……『浩之さん、もうそろそろ……っ』『ん? 
いいぞ、先に……』『でも、まだ浩之さんが……』『俺はいいんだよ……お前
の気持ちいい顔見てるだけで、十分気持ちよくなれるから』『ああっ……ひっ、
浩之さんっ』」

「お前は官能小説かっ!」

「お望みなら、細かいトコロまで描写いたしますが?」

 にこっ。

 やらんでいい、やらんで。

「はっ……恥ずかしいことなら、私も負けませんよっ!」

 ああっ、マルチっ!
 妙な対抗意識出さんでいいからっ!

「そう、あれはこの家に来てすぐのこと……お部屋でイヤーセンサーのお掃除
をしていたところを、ドアの陰から浩之さんが覗いていたんですっ! あれは
すっごく恥ずかしかったですぅ!」

「……期待してましたのに、そんなことですか……」

 ……最近は慣れてきたけど、以前は滅多に見せてくれなかったもんなぁ……
耳センサー外したトコ。

「そっ、そんなこととは……わかりました! とっておきを……」

「だぁぁっ! もういいっ! みんなで100まで数えてから上がるぞっ!」

「「はぁい」」

 ふぅ……『恥ずかしい話暴露大会』にしてどうすんじゃい。
 危うく過去の恥ずかしい過ちがバレるところだったぜ(爆)。












「それでは、おやすみなさいですっ!」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 何だかんだで、結局セリオの秘密とやらはうやむやになって。
 俺はもんもんとしたまま、眠りに就くことになった。

「結局、何だったんだろうなぁ……」

「……明日を楽しみにしててくださいネ」

「ん?」

「…………」

 空耳かな……?
 ま、寝るか。






<……続きます>
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