へなちょこセリオものがたり

その81「いつも傍にいて 4」








「せぇんぷわぁぁぁい」

「見付けましたぁぁぁ」

 はぅっ……葵ちゃんに琴音ちゃん。
 何てーか……さっきからたった少しだけの時間しか経ってないはずなのに、
2人の周りにはワインの空き瓶が3本程転がっていた。

「見付けたって……」

「いざっ!」

 ひゅんっ!

 一瞬、俺の視界から葵ちゃんの姿が消えて。
 次の瞬間には、俺の身体は葵ちゃんに拘束されていた。

 だきっ!

「うひょをわぁぁぁっ!?」

 さっ……さすがは葵ちゃん、俺の師匠だぜ!
 これほど素早く俺の間合いに入るとわっ!

「うふっ……うふふふふっ……放しませんよ……?」

 ぎりっ……ぎりぎりぎりっ……。

「ぐわぁぁぁっ!」

 めしめしめしっ、こきん。

 ちょっと葵ちゃん、嬉しいけど苦しい……っていうか痛ぇぇぇ!
 な、中身が出ちまうぅぅぅっ!

「……藤田先輩、苦しそう……」

 ううっ……琴音ちゃん、助けてくれぇぇぇ……。

「……お助けします」

 琴音ちゃんを横目でちらりと見ると。
 胸の前で手を組み、目を閉じて何かを念じているようで……。

 ちょっと、嫌な予感がした。

「ふんっ!」

 ふわっ……。

「あっ……何だか空を飛んでるみたいで……幸せですっ(ぽ)」

 っていうか俺達、今本当に浮いてるんですけど。

 ぎゅぅぅぅ……めりめり、ぱきっ。

 ほ、骨がズレてきてる気がする……そろそろ勘弁してくれないと、マジで
イっちゃうかもよ。

「……たーっ!」

 違う意味で2人だけの空間が形成されていた頃。
 琴音ちゃんは目を見開いて、俺達に向けて腕をかざし……勢いよく、振り
下ろした。

 ひゅん……べち。

「がはっ!」

「んっ!」

 彼女の腕の動きに合わせ、いい速度で床に叩き付けられた俺達。
 でも俺が下になっている為、葵ちゃんへのダメージはそんなに大したこと
はなさそうだ。

 ふわり……。

「まだ離れないですか……葵さん、藤田先輩の迷惑も考えてくださいっ!」

 ひゅん……ぼて。

「げふっ!」

 こっ、琴音ちゃんこそ少しは考えてくれぇぇぇ……。

「ああっ、先輩……私を身を呈して守ってくれてるんですね……♪」

 違う違う、それ違う。

「ううっ、あくまでも離れないつもりですかっ!」

 ぶんぶんぶんっ。

 べちべちべちっ。

 琴音ちゃんの腕の振りに合わせて、面白いように宙を舞う俺達。
 葵ちゃんは7回目くらいで、俺の身体から腕を放してしまい。
 不可視の力の反動で、あらぬ方向へ飛ばされて行ったけど。

「せぇんぷわぁぁぁい……」

 くるくるくる……すたっ!

「私は無事ですよっ! ご心配なくっ!」

 し、心配も何も……俺の心配の方が……。

 ぶんぶんぶんっ。

 ごきごきごきっ。

「あだだだだっ! こっ、琴音ちゃん! もういいだろっ!」

 葵ちゃんは……ほれ、あそこで元気に手を振ってるしっ!

「くぅ〜っ……そんなに強い結び付きだったなんてっ」

 顔はあっちを向いて、片腕だけこちらに向けて。
 俺の声なんか聞こえていないのか、琴音ちゃんはただ必死に腕を振ってる
ばかりで。
 ……こっち向けよぉぉぉっ!

 ぶんぶんぶんぶんっ。

 ぼこぼこぼこぼこっ。

「……きゅう」

 度重なる衝撃に、俺の意識はいつしか飛んで。
 琴音ちゃんが力の使い過ぎで疲れて眠るまで……きっと、このままなんだ
ろうな。
 とか思ったりしてた。












「ん……」

 いてててて……身体のあちこちが痛い……。

「目が覚めた? 浩之ちゃん」

 おお、あかりか。

「ヒロってば、女の子にはいい顔してばかりだもんねぇ……いい薬になった
んじゃないの?」

「そんな……浩之は、誰にでも優しいだけだよ。……ね、浩之?」

 びくぅっ!

「お、俺は一体?」

 雅史の方には、極力目を向けないように注意しながら身を起こし。
 状況を確認する為、辺りを見回すと……広間中、どんちゃん騒ぎになって
いたりして。

「姫川さんに手酷くやられちゃったみたいだね……大丈夫、浩之ちゃん?」

 あ、ああ……一応大丈夫なんだと思うけど。
 ちょっと、まだくらくらするかな。

「まぁな」

 俺は力なく頷いて、もう一度身体を倒す。

 ……ぽふっ。

「……ん?」

 頭の下に、柔らかい枕が。
 何だろ、妙に覚えのある感触だけど。

 ……さわさわ。

「きゃっ! ヒロ、何を触ってんのよ!」

 ぺしん!

「いてっ……って志保、お前……?」

 ぬぅ、不覚にも気付かなかったぜ。

「あかりまで、あんたの毒牙にかけるわけにはいかないからね」

「私がするって言ったんだけど……志保が、どうしてもって」

「僕も、志保に断られちゃったよ」

 にこっ。

 ……お前がしてたら、俺はマジでキレるぞ。

「そっか……さんきゅ」

 相手が志保だとわかった以上、長居は禁物だ。
 名残惜しいのは確かであるが、後で何を言われるかわかったもんじゃない。

「さて……」

「あ、もういいの?」

 俺が起き上がると、志保が元気のない声を上げて。

「おう、俺がいつまでも寝てるわけにゃいかんだろ」

 ……あ、そういえば。
 あかりに、マルチ達を手伝ってくれたお礼をしなきゃな。

「あかり」

「ん?」

「準備、手伝ってくれてさんきゅな」

 なでなで。

「やん、こんなところで……」

 でもお前、手を払い除けようとはしないのな。

 なでなでなで。

「……どういたしまして」

「ひゅーひゅー、お熱いわねぇ〜」

 ……志保の野次のせいでもないけど、俺が手を離すと。
 あかりはちょっと照れた顔を隠しながら、そっと言葉を紡ぐ。

「でもね、私はただお料理を運んだだけだから……他の会場の分のお料理を
作る時に、ついでにここの分も作ってもらったんだって」

「む、そうなのか」

 確かに『ついでだから』なんて、言えないわな。
 先輩達、そんなとこまで気をつかってくれて……。

 『ついで』でも、そう簡単じゃないだろうにさ。

「マルチちゃん達と一緒に、調理場から運んで来てただけだから……大した
ことはしてないんだよ」

 ……そういえば、あの2人は?

「うんうん、それでもさんきゅな」

 さて……そんじゃ、マルチとセリオを……。

「ねぇ、浩之」

「ん? 何だ、雅史?」

「……僕達、親友だよね?」

 なっ、何をいきなりっ!?

「あ、ああ……」

 いや、何だか今日になって考え直したくなったケド。
 ちょっとその熱い眼差し、勘弁して欲しいケド。

「よかった……」

 ……ぽふっ。

「…………」

「…………」

 え、えーと……あまりに突然のことで、どう反応したらいいものか……。
 と、とりあえず背筋がざわざわ寒くなってることだしぃ……。

「ちょ、ちょっといい雰囲気ね……負けたわ」

「……私、実物は初めて見たよ」

 面白がっている2人は無視して。
 俺は雅史に思い切り蹴りを入れ。

 げしっ!

「ああっ」

「悪いな、ちょっと急ぐからっ!」

「……もう、素直じゃないなぁ……」

 ぞわわわわっ。

「……あかり、雅史も酒が入ってるのか?」

「……うん、お酒飲む前から浩之ちゃんのこと目で追ってたけど」

 ……酔った上での乱行だ。
 そういうことにしておこう、うん。

「……さらばっ!」

 だっ!

 その場を離れる安堵感を胸に、俺はマルチとセリオの姿を探すのであった。






「お……いたな、マルチぃ〜」

「あ、浩之さん〜」

 両手に大きな皿を2枚ずつ。
 頭の上にも皿を載せて。

 ……おいおい、見てて危ないから止めてくれよぅ。

「楽しんでいただけてますかぁ?」

「ああ……お前達のおかげで、色んな意味で楽しんでるぜ」

 なでなで……しようと思ったけど、皿が載ってるから中止。

「よかったですぅ……それでは私は、お仕事がありますのでっ」

「あ……」

 ぽてぽてぽて……。

 危なっかしい足取りで皿を運ぶマルチ。
 さっきから全然話もしてないってのに、妙にあっさりしてて。
 ……何だか寂しいかな……。






「あら、浩之さん」

「よぅ、セリオ」

「申し訳ありませんが、ちょっと退いていただけますか? 皆さんよく食べ
られるものですから、お給仕も大変デス」

「あ……ああ、悪い」

 ……何か俺、邪魔しに来ただけみたいだな。

「そんじゃ、頑張ってな」

「ええ、どうも」

 ……向こう行って、俺も酒でも飲もうかなぁ。






「あらあら、主賓が手酌なんて……」

 ……綾香か。

「挨拶回りは、もうお終い?」

「ああ、一段落付いたかな」

 くいっ……ごくん。

「あらら、何かあったの?」

「いや、別に……マルチとセリオが忙しくて相手してくれないから、などと
は口が裂けてもいえないぜ」

「……酔ってるわね、浩之。口に出てるわよ」

「むぅ、しまった」 

 いらぬ恥をかいたぜ、むむむ。

「あの子達も一生懸命なのよ……あなたが恥をかかないように、来てくれた
みんなが楽しんでくれるように……ってね」

「俺が、恥?」

 恥ならたった今もかいたばかりだぞ、ふん。

「馬鹿ねぇ……参加した人がみんな、不満たらたらだったらどうなると思う?
折角のお誕生パーティなんだから」

「うん」

 くいっ……ごくん。

「それに、あの子達がヘマやらかしたら……『ご主人様』であるあなたが恥
をかくことになるんだから」

「俺は……そんなこと、別に気にしないけどな」

 『ご主人様』であろうとなかろうと……あいつらは、俺の大事な女の子達。
 ヘマやらかそうが何だろうが、それだけは変わらない。

 っていうか、そんなところも可愛いところだと思うし。

「あなたがよくても、あの子達がよくないの」

「うん?」

「仮にも企画・運営を取り仕切ってるんだから、失敗するわけにはいかない
でしょ……あなたの為にも、成功させたいのよ」

「……うん」

「これが終わったら、存分に労ってあげることね……」

 ……ああ。
 言われなくても、な……。












「え〜……宴もたけなわとなって参りましたが、そろそろお開きと……」

 マイク片手に、パーティの終了を宣言しているマルチとセリオ。
 参加者のほとんどは、何故か酔い潰れていたりするけど。

「本日はお楽しみいただけましたでしょうか。藤田家一同、皆様のご参加を
心より感謝いたします」

 ……みんな聞いちゃいないけど。
 でも、2人は大マジな顔で。

「本日は、本当にありがとうございました」

 ……俺からも、お前達に言わせてもらうぜ。

「「これからも、浩之さんをよろしくお願いしますっ!」」

 ありがとう……マルチ、セリオ……。






 参加者は、自分で立てる数人を除いて黒服に運び出されて。
 先輩が言うには、『後片付けはお任せください』とのことで。

「さて……そんじゃ、世話になったね」

「ありがとうございましたぁ」

「助かりました」

「…………」

 『またどうぞ』……笑って言ってくれる先輩が、とても嬉しかった。

「…………」

「うん。また、ね」 

 また、すぐに会えるさ。

 俺達は先輩に別れを告げ(綾香は黒服に運ばれたクチだ)、例の怪しげな
ドアをくぐるのであった。






<……続きます>
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