へなちょこセリオものがたり

その93「祭りの夜」








『浩之さん、浩之さん。至急居間までおいでください』

 俺が自室で本を読んでいると。
 天井から、スピーカーを通したセリオの声が聞こえてきた。

「……いつの間に全館放送なんて付けたんだよ」

 愚痴りながらも、居間へ向かう俺。
 よっこらせっと。






「んで?」

「お祭り、ですね」

 …………。

「おお」

 ぽん。

「そういやそうだったな、夏祭り」

「聞けばマルチさんも参加未経験とのこと……私達の見聞を広める為に、是非
参加したいのですが」

 うんうん、知識を広げようとするのはいいことだ。

「……行きたい?」

 こくん。

「じゃ、行ってきな」

「あの、浩之さんは……」

「行くの? 俺も?」

 勿論俺が引率するつもりだったけど。
 でも、わざと回りくどい理由を付けているのが気に食わなかった。

「その、解説してくださる方に傍にいてもらった方が……」

「……じゃ、俺でなくてもいいのかな」

「ひっ……浩之さんと一緒に行きたいんデス」

 ……ぽふっ、なでなで。

「最初からそう言えばいいの。な、わかったか?」

「はい……すみませんデス」

 おおう、そのおどおどした眼差し……たまんねぇ(爆)。

「おう、俺こそいじめてごめんな」

 なでなで。






 で、夕方に出撃することになり。
 みんなで風呂に入った後、着て行くものを選んでいたのだが。

「……マルチぃ、はっぴは止めとけ」

「はい? だって、コレを着れば皆さん『はっぴ〜』なんですよっ」

 誰がそんなことを教えた。

「折角なんだから、こっちの浴衣にしとけって」

 女の子の祭りは、浴衣。
 これは古から定められていたお約束であり、それは守られなければならない。
 かく言う俺も、さりげなく地味な浴衣を着てるってのに。

「浩之さん……着付け、終わりました」

「おおっ、似合うなぁ」

「そうでしょうか? ふふふ……」

 誉められて、満更でもなさそう。
 髪をアップに結い上げて、団扇片手に現れたセリオ。

 薄紅色の浴衣……朝顔の花模様が、何とも映える。
 うむ、イメージカラーはやはり赤なのだな。

「ちょっと、幼かったでしょうか」

 模様のことを言っているのか。

 うなじをしきりに気にしながら、そんなことを言う。
 まだ少し湿っぽい髪が、何とも言えない色気を醸し出していた。

「ん……可愛いと思うぜ」

 そっと肩を抱き寄せ、そのうなじに手を触れてみる。

「んっ」

 ぴくんと反応するセリオ。
 俺は構わず、滑らかな感触を楽しんでみたりした。

「浩之さん……駄目です、まだ……」

「そ、そうだな。楽しみは後に取っておくもんだ」

 ちょっと残念。

 もっと触っていたいのを我慢してセリオから離れると、俺の足元ではっぴを
抱えているマルチがいた。

「う〜っ……」

「ん? マルチも浴衣、着る?」

 おいおい、そんなに睨むな……ちゃんとマルチの分だって用意したんだぞ?
 ……長瀬のおっさんが、だけど(爆)。

「はっぴではっぴぃなんですぅ」

 ぱたたたたた……。

 あ……行っちゃった。

「……マルチさんも、素直じゃないですネ」

「お前に言われたら終わりだっての」

 ったく、調子のいい奴だぜ。

「ふふふ、それはすみませんでした」






「マルチぃ〜、どこ行った〜?」

 もうすぐ出かけるんだから、早く出て来いよ。
 なんて言い方は……俺には出来なかった。

「マルチぃ、俺はお前の浴衣姿が見たかっただけなんだよぉ〜」

 きっと可愛いのに。

「はっぴ着てなくても、お前が傍にいたらそれだけでハッピーなんだよぉ〜」

 ううむ……かなり恥ずかしいが、本当のことなんだから仕方ない。
 っていうか早く着せてみてぇ、うずうず。

「……浩之さん」

 ととっ。

「マルチ……はっぴ、着ちゃったのか」

「あのっ、浩之さんは浴衣の方が好きなんですかっ?」

 …………。
 いや、似合ってれば何でもいいさ。

 今のお前みたいに、な……。

「可愛いじゃん、マルチ」

 青いはっぴは、波模様。
 足袋まで履いて、正に『お祭り』って感じだな。
 ……よく見たら、襟のとこには『来栖川組』と……背中には『ま』と大きく
書かれている。
 『ま』組なんだな、マルチよ。
 セリオは『せ』組です(笑)。
「え……えへへー。そうですかぁ?」

「でも……ちょっと、足りないかな」

 俺はマルチの懐に挟まれていた手拭いを引っ張り出し。

「あややっ、何をされますっ」

 はっぴの中に手を入れられると思ったのか、ちょっと嬉しそうだったけど。

「こうして……こう。んで……」

 マルチの頭に、ねじり鉢巻。
 やっぱしコレがなきゃな。

 きゅっ。

「うし、完成」

「あ……」

 俺が何をしていたのか、はっきり理解してなかったみたいだったけど。
 鉢巻を何度か手でなぞり、俺に笑顔を向ける。

「はっぴ……着て行ってもいいんですかっ!?」

「いいも何も……着たい服着るのが、一番だし」

 胸元の合わせから覗くサラシが何とも……へへへ。
 っていうかサラシ巻く程、大層な胸でもないけどな(爆)。

「あ……ありがとうございますっ!」

 その辺をぴょんぴょん跳ね回り。
 終いにゃ、俺の背中に飛び乗って。

「はっぴーですぅ♪」

 サラシのせいで、いつもの慎ましくやんわりした感触はなかったけど。
 でも、マルチの暖かみはいつもより伝わってくる気がするぜ。

「おう、はっぴーだな」

 ぽややんとした気分になりつつも、俺はマルチごとセリオのところに戻って
行くのだった。






「あら……マルチさん、可愛いですネ」

「えへへー、浩之さんにも誉められましたぁ」

 耳元で聞こえるマルチの声は、やっぱり随分嬉しそう。
 無理に浴衣着せなくてよかったな、うん。

「ふ……生贄にされるとも知らずに……」

「えっ、ええっ!?」

 おいおい、そりゃ何だよ。

「はっぴを着た少女は、屈強な男達の担ぐ神輿に拉致され……荒ぶる神へ供物
として捧げられるのデス。神の社まで恐怖と絶望に打ちひしがれながら、我が
身の不運を呪う……ああっ、恐ろしいっ」

「無理な話だな、おい」

「いいんです」

 セリオは視線でマルチを見ろ、と俺に伝える。
 俺がマルチを見てみると……。

「あぅ、ああっ、ひぐぅ……」

 しくしくしくしく……。

 泣いてるし。

「ねっ?」

「『ねっ』じゃねぇ」

 ったく、マルチをあんましいぢめるなよぉ。

「よーしよしよしマルチ、大丈夫だぞぉ」

 軽く揺すり、小さな子をあやすように宥める俺。
 マルチが泣いたらコレに限る。

「今日は盆踊りだからな、神輿は出て来ないんだぞー」

「ぐすっ……ほんとですかぁ?」

「マルチさん、実は盆踊りとは……」

 セリオが言うが早いか、神速で唸る俺の手。
 っつーかスリッパ。

「もう止めれ」

 すぱぁんっ!

 お、いい音。

「あぅ……か、顔は止めてください……」

 なら止めれ。
 今度は本気で飛ぶぞ、スリッパが。

「マルチぃ、大丈夫だぞぉ〜。俺が付いてるからなー」

 マルチの身体を一旦背中から下ろし、今度は正面から抱っこ。

「ふみゅぅぅぅぅぅ」

「ほらほら、泣いてたら折角のはっぴが台なしだぞぉ〜」

 ついばむように、マルチの顔に次々と口付ける。
 涙を全部俺が吸い取った頃には、マルチは泣き止むどころか……ぽやーっと
なっていた。

「……浩之さん、余計なことかもしれませんが」

「言うな。余計なら言うな」

 また調子に乗っちまった……いかんな、こいつらが相手だとどうにも自分が
抑えられなくなる……。

「はっ、はふぅ……浩之さぁん……」

 ……マルチ、どうにもならないみたいだし。

「よし、とりあえずこのまま連れて行こ」

「……いいのですか?」

「大丈夫、大丈夫。少しお預け食らった方が、後で燃えるだろ?」

「酷なことを……」

 よいせっと、背中に背負ってと。
 マルチが落ちないように、帯で結んでおこう。
 これで手ぇ放れても落ちないぞ、うし。

「マルチぃ、今日は俺とずーっと一緒な」

 っていうかずーっと背中に乗ったまま。
 俺が固定ベルト外さない限りマルチは逃れられないのだ、はははっ。

「は、はぁい……♪」

「…………」

 うむ。
 そんな何かを訴えるような目をしなくても大丈夫だぞ、セリオ。

「勿論、セリオもずーっと一緒な」

 俺は、ぎゅっとセリオの手を握り。

「……はいっ♪」 

 セリオに手を引かれたかと思うと、するりとその胸に抱き込まれた。

 ……ぎゅっ。

「では、参りましょうか」

「……ああ」






<……続きます>
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