へなちょこセリオものがたり

その94「祭りの夜 2」








「わっしょ、わっしょ、わっしょいしょいっ」

 俺の背中で揺られながら、先程の恐怖は忘れているマルチ。

「マルチ……だから、今晩は神輿はないんだって」

 町内での小規模のお祭りだからな。
 出店は結構出てるはずだけど、神輿を出すような大袈裟なことはない。

 ま、近いうちに大きい祭りがあるから……そしたら神輿も見せてやれるかな。

 からん、ころん、からん……。

「……いい音ですネ」

「ああ、下駄ってのも乙なもんだろ?」

 マルチもセリオも、草履履いて。
 初めてな奴等に下駄履かせて、足ひねられたりしたら困るし。

 からん、ころん、からん……。

「あ、不自然に明るいですー」

 ……もうちょっとマシな言い方はないのか。

「おう、やってるなぁ」






「浩之さんっ、あれは一体っ!?」

「……りんご飴」

「でっ、でわっ……あれはっ!?」

「……いか焼き」

 見るもの全てが珍しいのか、あれやこれやと訊ねるマルチ。
 セリオはと言うと……落ち着いたもんだな。

「おおおっ、美味しそうですぅ……」

 む、食い意地の張った奴め。
 よしよし、とりあえずいか焼きでもみんなで食うか。

「セリオもいか焼き食う?」

 俺は、訊きながらおっちゃんに金を渡し。
 セリオが思案しているうちに、その手に1本握らせる。

「……いか焼き?」

「おう……ほれ、マルチ」

「はぁい……はうはう、美味しいですぅ」

 ぱくぱくっ!

 ちょっと熱いのに、貪り食ってるマルチ。
 俺が2口程食う前に、串がすっかり綺麗になってしまった。

「ぷぅ、ご馳走様ですぅ」

「……俺の、食う?」

「えっ? いいんですかっ!?」

 ぱしっ!

 ぱくぱくぱくっ!

「ははは」

 うんうん、元気なのはいいことだ。

「……浩之さん」

「ん? ……うをっ」

 セリオは、綺麗になった串を俺の鼻先に突き付け。
 先端恐怖症じゃなくても怖いぞ、コレは。

「……もっと欲しいの?」

「…………(ぽっ)」

 こくん。

 むぅ、ちょっと意外な。
 ……とりあえず串を下ろしてくれ、セリオ。

「浩之さんっ! 敵はまだまだ沢山いますっ!」

「あーはいはい、もっと食いたいのね」

 結局、もう2本ずつ食わせてやった。






「小さいよぉ、可愛いよぉ、これ以上大きくなんないよー」

「あ、浩之さん。あれは?」

「うわ、ピンクのひよこ……青に赤、全て蛍光色かい……」

 趣味悪ぅ。

「……どう見ても、あれから成長しないようには見えないのですが」

「ああ、ありゃ嘘だからな」

 並べられたダンボール箱の中で、ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ……。
 ああもう、鬱陶しい……どうせみんなオスなんだろ。

「……ひよこさん、ですぅ」

 マルチ……例の無二の親友(笑)のことでも思い出してるのかな?

「……じゅるっ」

 あ?

「あの青いひよこさん……美味しそうですぅ」

 どんな神経やねん。
 ……って、前に俺もやったか(爆)。

「ひよこは間に合ってるだろ……ほれ、向こう行くぞ」

 俺がくるりと横を向いたその時。
 ひよこの群れの中から、何かが飛んで来た。

 ひゅーん……ぺちっ。

「いっ、痛ぇぇぇ!」

「あ、ひよこさんですぅ」

 俺の顔に蹴りを入れたひよこ。
 今の蹴りとマルチの反応を見ると、どうも例のひよこらしい。

 ぴよっ、ぴよよっ。

「はぁい、元気でしたよぉ〜。ひよこさんもお元気そうで」

 ぴよよっ、ぴよぴよっ。

「はい? 兄弟、ですかぁ?」

「おいおいおい、何の話だよ」

「……この悪趣味な色のひよこさん達は、みんなご兄弟なんだそうです」

 つーと……みんな、ロボット?

「こいつの兄弟かよ……狂暴そうだなぁ」

 ぴよぴぴよっ。

「廉価版なので、ぴよぴよ鳴きながら歩く以外のことは出来ないんだそうです」

 ……むぅ。
 このおっさんの言ってたことは嘘じゃなかったのか……反省。

 って、そんなこと見た目でわかるかい。

「……ってことは」

 麦藁帽子を目深に被った、ランニングシャツのおっさんをよく見てみると。、

「……おっさんー」

「やぁ、奇遇だねぇ」

 おっさん、こんなトコで営業かよ。

「あ、主任さんですー」

「……こんばんわ」

 一体、何でまたどうして。

「おっさん、あんましぐーたらだから営業に転属か?」

「マルチとセリオの浴衣姿を見てみたくてねぇ」

「あうう、はっぴですみませんですー」

 俺の背中でわたわた慌てるマルチ。
 別にいいじゃん、それで。

「うんうん、選んだ甲斐があったよ……よく似合うね、セリオ」

「ありがとうございマス」

 ぺこり。

「……ううっ」

「マルチ、おっさんがシカトしても俺はしないからな」

 なでなで。

「人聞きの悪いことを……マルチもなかなか似合ってるじゃないか」

「……えっへん、ですー」

 威張るな。

「浴衣じゃなかったのが残念だけどね」

「本音が出たな」

 いいじゃん、こんなに可愛いんだぞ。

「で……ソレ、本当に商品化になったの?」

「ん……ああ、ひよこロボか……今日はアンテナ・ショップだよ」

 アンテナ・ショップ?

「市販前に、色々と細かい調整とかも必要だからね……今日買ってくれたお客
さんからの声を元に、更に煮詰めていくのだよ」

 あ、なーるほど。
 声を集めるからアンテナなのか。

「……では、お仕事の邪魔になりますので」

「もう行っちゃうのかい? お父さんは寂しいなぁ」

「ほれ、マルチもお別れのご挨拶」

「……ひよこさん、それではまた会える日を楽しみにしていますっ!」

 ……おっさんにも言えよ、おっさんにも。

「……娘がグレた」

 あ、いじけてる。

「ま……そんじゃおっさん、またそのうちに」

「ああ、また」

 ぴっぴよぴよ。






「はぁ〜い、可愛いひよこだよぉ〜」

 ……ちょっと離れても聞こえる、おっさんのダミ声。

「小さくて可愛いよー、コレ以上大きくならないよぉ〜……」

 妙にハマってるように見えるのは、俺の気のせいだろうか。






「浩之さん、ところで噂の盆踊りというのは……」

「おお、忘れてたぜ」

 祭り会場の中心部。
 浴衣姿の人の輪が見えてくると、背中のマルチが暴れ出す。

「あうあうあう〜、踊ってるですぅ! この自由に動かない身体が恨めしいん
です−」

 わっ、わたわた動く度にマルチの柔らかい身体が押し付けられて……っ。

「おや? どうしました浩之さん、前屈みになって」

「い……いや、何でもない」

 まぁ、マルチも踊りたいみたいだし……そろそろ背中から降ろそうかね。

「マルチ、降ろすぞ」

 俺とマルチの身体を縛っていた帯を解くと、彼女はゆっくり地面に降りて。

「それでは、リフト・オフですぅ☆」

 たたたたた……。

「私、踊って来るですぅ〜」

「おう、コケないように気を付けろよ」






「……コレが噂の『ボン・ダンス』ですか……何て怪しい踊りでしょう」

「まぁ、そう言うな。古くからの伝統なんだから」

 輪の外からマルチを眺めながら。
 マルチは輪の中に入ってみたはいいものの、どう踊ればいいのかわからずに
困っているようで。
 周囲の人の動きを必死で真似しているつもりなのか、へのへの〜っと変てこ
なステップを披露している。
 ……踊るっていうか、海の中で揺れるわかめって感じだな。






 たたたたたっ……。

 お……抜けてきた。
 もう満足したのかな?

「あっ、あうう〜……とっても疲れたのですう」

 額を伝う、珠の汗。
 へろへろ〜っと、俺の胸に倒れ込んでくる。

「アレで疲れたのかよ」

 俺には疲れるようには見えなかったが。

「ちっちっち……あの方々は、某国の特殊戦闘員なのだと私は看破したのです。
そうでもなければ、あんな激しい動きを延々と顔色も変えずに続けるなんて、
とてもじゃないですけど無理難題ですぅ」

 盆踊りが、激しい動きかぁ。
 ……まぁ、マルチだし。

「セリオは、いいの?」

「えっ……ええ、私はちょっと」

 ……少し顔が赤くなったように見えるのは、俺の気のせいだろうか。

「……さて、そんじゃ帰るとしますか」

「はぁい、私は堪能したですー」

 言いながら、マルチは俺の背中にべたーっとくっ付く。
 よしよし、またおんぶして帰ってやるからな。

「……はい、私も」

 よしよし。
 そんじゃ、ちょっとお土産買って帰ろうか。
 ヤキソバなんか、夜食にぴったりだし。






「ただいまです〜」

「お疲れ様でした、浩之さん」

「よっこいせ」

 玄関先で、背中からマルチを降ろす。

「あうあう、もう今日はお終いなんですかぁ?」

「んー? 何だよマルチ、まだくっ付き足りないのかぁ?」

 頭をぐりっと押さえながら、ほっぺをすりすりしてみると。
 マルチは『そうですぅ』と言わんばかりに、俺の首に腕を回す。

「ふみゅみゅみゅみゅ」

「……あの、私も……」

 おお、セリオ。
 今日は触れ合い少な目だったからな、サービスするぞう。

 ……あ、そういえば。

「なぁ、セリオ」

「はい?」

「盆踊り断った時……どうして顔が赤かったんだ?」

「そっ……それは……」

 もじもじもじ。

 何故か急に、膝を寄せるように内股になって。

「……ははぁ、なるほど」

「さ……さぁっ! もう一度お風呂に入りませんかっ!?」

「その前に、着替えしようぜぇ」

 さわわんっ。

「ひゃうっ!?」

 俺がセリオのお尻をなでると。
 予想通り下着のラインらしいものは感じられなくて、代わりに生々しい感触
が俺の手に伝わる。

「セリオは、えっちな女の子なんだなぁ」

「あの、こういうものを着る時には下着は着ないものだと……」

「……のーぱん娘」

「はうっ」

 何かで顔を叩かれたかのように、ひょんっと仰け反るセリオ。
 ……面白ぇ、もうちょっといぢめてみよう。

「露出狂」

「ううっ」

 あ、涙が滲んで来た。
 よしよし、もう少しいぢめてから可愛がってやることにしよう。

「のーぶらぶるんぶるん」

「もっ、もう止めてください〜」

 次っ、ラストっ!

「小遣い増やせー」

「ひぃぃぃぃ……っ?」

 あ、しまった。
 ついつい心の奥底の欲求が……。

「……浩之さん……?」

「あ……いや、あのさ……」

 うっ……一気に畳みかけるチャンスを逃してしまったっ!
 ああいうのは勢いが肝心なのにっ!

「ふふふっ……うふふふふふっ……」

 ぺきん、ぽきん。

「セリオさん……微笑みながら指鳴らされると、結構怖いんだけどなボク……」












 ……調子に乗りすぎた。

 そう気付いた時には、後の祭。
 はい、お後がよろしいようで……。






<……続くんです>
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